交通事故により頭部外傷を負ったケースでは、高次脳機能障害という重い後遺障害が残ることがあります。
事故後に言葉を発することが困難になってしまったり、記憶に異常が出てしまったり、これまでと同じような行動を取ることが困難になってしまったりと、日常生活に支障を来してしまう方、中には、性格まで変わってしまう方もいらっしゃいます。
このような方は、交通事故による高次脳機能障害を疑い、早期に病院の受診をすることをおすすめいたします。
1. 頭部・脳の構造について
交通事故により頭部外傷を負ったケースでは、高次脳機能障害という重い後遺障害が残ることがあります。頭部外傷が原因となる後遺障害について説明をする前に、頭部、脳の構造や役割についてまずご説明いたします。
1-1. 頭蓋骨
頭蓋骨は、機能面から考えると、脳を保護する脳頭蓋と、顔面を形成する顔面頭蓋の2つに分類することができます。
頭蓋骨よりも外側のことを頭蓋外といい、頭部軟部組織が覆っています。 頭蓋骨よりも内側のことを頭蓋内といい、脳が髄膜に包まれた状態で存在します。
頭蓋骨の中でも、脳に対して影響を及ぼすのは頭蓋内であり、頭蓋内の損傷の有無が、頭部外傷においては問題となります。
1-2. 髄膜
頭蓋骨の下にあり、脳を包んでいる膜のことを髄膜といいます。髄膜は、3層構造になっており、上の図のように、外側から順に硬膜・クモ膜・軟膜の3層でできています。
① 硬膜
一番外側の膜が硬膜であり、硬膜は、頭蓋骨の内面に張り付いている比較的丈夫な膜です。硬膜は、脳と脊髄を周囲の組織から隔て、外傷や感染から守るという役割を担っています。
硬膜は、左右の大脳の間にくびれこむ大脳鎌と呼ばれる構造をとっており、また、大脳と小脳の間には小脳テントなどを形成しています。
② クモ膜
クモ膜は、硬膜と軟膜の間にある透明(一部不透明)な膜です。
クモ膜と硬膜は密着していますが、クモ膜と軟膜の間にはクモ膜下腔という繊維性の網のようなものがあり、脳脊髄液で満たされています。このスペースに出血が起こると、よく知られている疾病であるクモ膜下出血となってしまいます。
③ 軟膜
最も内側の膜が軟膜です。軟膜は、脳実質に張り付いているほぼ透明な膜であり、脳の表面それ自体です。
1-3. 脳脊髄液
脳と脊髄は、脳脊髄液という液体の中に存在しています。脳脊髄液は、外界からの衝撃を吸収したり、脳と脊髄の新陳代謝を調節するといった役割を果たしています。
脳脊髄液は、1日に約500~600cc生成され、清浄な成人の髄液量は常に140~180CCとされています。よって、1日に3~4回入れ替わっていると考えられます。
1-4. 脳
脳は、大脳・間脳・小脳・脳幹の4つの部分に分けられます。さらに、間脳は、視床・視床下部に分けられ、脳幹は、中脳・橋・延髄に分けられます。
① 大脳
大脳は、前頭葉・側頭葉・頭頂葉・後頭葉に分けられ、それぞれが異なる機能を持っています。
- 前頭葉
運動の中枢、感情・判断力・創造などの精神機能の中枢、言葉を話す中枢(運動性言語中枢)
- 側頭葉
記憶・聴覚・嗅覚の中枢、言語を了解する中枢(感覚性言語中枢)など
- 頭頂葉
感覚(痛覚、温度覚、触覚など)の中枢
- 後頭葉
視覚の中枢
② 間脳
間脳は、視床と視床下部に分けられます。
- 視床
大脳と中脳にはさまれており、感覚伝導路の中継核として、非常に大切な役割を担っています。
- 視床下部
自律神経系の最高中枢として、非常に大切な役割を担っています。
③ 小脳
小脳は、重さだけを見れば大脳の約10%と非常に小さいですが、微細なしわの存在により、表面積は大脳の25%にも及んでおり、神経細胞数は大脳と匹敵する、非常に重要な部位になります。
小脳は、脳全体の後下方にあり、運動のバランスやスムーズさを調整しています。
④ 脳幹
脳幹は、中脳・橋・延髄に分けられます。
- 中脳
中脳は、大脳と脊髄・小脳を結ぶ管上の伝導経路です。また、視覚や聴覚で感覚した刺激に対する反射運動を司るなどの重要な役割を担っています。
- 橋
中脳と延髄の間にある伝達系です。
- 延髄
延髄は、脳の最下部にあり、脊髄につながる部分です。また、呼吸と循環という、生命を維持するための根本的な機能を制御する、生きる上で非常に重要な部位です。
2. 高次脳機能障害について
2-1. 高次脳機能障害とは
では、次に頭部外傷による高次脳機能障害について説明します。
交通事故によって頭部外傷を負ってしまった方の中には、事故後に言葉を発することが困難になってしまったり、記憶に異常が出てしまったり、これまでと同じような行動を取ることが困難になってしまったりと、日常生活に支障を来してしまう方がいらっしゃると思います。中には、性格まで変わってしまう方もいらっしゃいます。
このような方は、交通事故による高次脳機能障害を疑い、早期に病院の受診をすることをおすすめいたします。
高次脳機能障害とは、頭部外傷などにより、脳が損傷を受けた際に、主に言語や記憶、注意、情緒といった「認知機能」と呼ばれる脳機能に障害が出ることです。
2-2. 高次脳機能障害として認定される3つの要件
では、どのような場合に高次脳機能障害と認定されるのでしょうか。自賠責保険において、高次脳機能障害として認定されるためには、以下の3要件が必要になります。
- ① 頭部外傷後に、意識障害または健忘症や軽度意識障害が存在すること
- ② 頭部外傷を示す傷病名が、診断書に記載されていること
- ③ 傷病名が画像で確認できること
では、それぞれの要件について説明していきます。
① 頭部外傷後に、意識障害または健忘症や軽度意識障害が存在すること
高次脳機能障害を伴う交通事故では、地面等に頭部を強く打ちつけて受傷するケースがほとんどです。頭部を打ちつけるのですから、程度が強いほど、意識状態にも影響が出ます。このことを「意識障害」と言います。
意識障害については、下記表のような「JCS」「GCS」といった意識レベル表を用いて判断します。JCSでは、3桁が重度な意識障害で、GCSでは、点数が低いほど重度な意識障害となります。
意識障害JCS
Ⅰ 覚醒している
(1桁の点数で表現)
- 0 意識清明
- 1(Ⅰ – 1)見当識はたもたれているが、意識清明ではない
- 2(Ⅰ – 2)見当識障害がある
- 3(Ⅰ – 3)自分の名前・生年月日が言えない
Ⅱ 刺激に応じて一時的に覚醒する
(2桁の点数で表現)
- 10(Ⅱ – 1)普通の呼びかけで開眼
- 20(Ⅱ – 2)大声で呼びかける、強く揺するなどで開眼
- 30(Ⅱ – 3)痛刺激を加えつつ、呼びかけを続けると辛うじて開眼
Ⅲ 刺激しても覚醒しない
(3桁の点数で表現)
- 100(Ⅲ – 1)痛みに対し払いのけるなどの動作をする
- 200(Ⅲ – 2)痛刺激で手足を動かす、顔をしかめたりする
- 300(Ⅲ – 3)痛刺激に対して全く反応しない
乳幼児意識レベルの点数評価JCS
Ⅰ 刺激しないでも覚醒している
(1桁の点数で表現)
- 1 あやすと笑う。ただし不十分で声を出して笑わない
- 2 あやしても笑わないが視線は合う
- 3 母親と視線が合わない
Ⅱ 刺激すると覚醒する
(2桁の点数で表現)
- 10 飲み物を見せると飲もうとする。あるいは乳首を見せればほしがって吸う
- 20 呼びかけると開眼して目を向ける
- 30 呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する
Ⅲ 刺激しても覚醒しない
(3桁の点数で表現)
- 100 痛刺激に対し、払いのけるなどの動作をする
- 200 痛刺激で少し手足を動かす、顔をしかめたりする
- 300 痛刺激に対して全く反応しない
GCS
E○点 + V○点 + M○点 = 合計○点、と表現
正常は15点満点、深昏睡は3点、点数は小さいほど重症
開眼機能 E(Eye opening)
- 4 自発的に、または普通の呼びかけで開眼
- 3 強く呼びかけると開眼
- 2 痛刺激で開眼
- 1 痛刺激でも開眼しない
言語機能 V(Verbal response)
- 5 見当識が保たれている
- 4 会話は成立するが見当識は混乱
- 3 発語は見られるが会話は成立しない
- 2 意味のない発声
- 1 発語みられず
運動機能 M(Motor response)
- 6 命令に従って四肢を動かす
- 5 痛刺激に対して手で払いのける
- 4 指への痛刺激に対して四肢を引っ込める
- 3 痛刺激に対して緩徐な屈曲運動
- 2 痛刺激に対して緩徐な伸展運動
- 1 運動みられず
また、外傷性健忘については、以下の「PTA」が重傷度の指標となります。
PT(外傷後健忘)について
- わずかな脳震盪
【PTAの持続期間】0〜15分
- 軽度の脳震盪
【PTAの持続期間】1.5〜1時間
- 中程度の脳震盪
【PTAの持続期間】1〜24時間
- 重度の脳震盪
【PTAの持続期間】1〜7日間
- 非常に重度な脳震盪
【PTAの持続期間】7日間以上
3つの要件の中で、意識障害所見は、最も重要な要件となります。つまり、意識障害のレベルが認定等級に直結していると言えます。
意識障害(重度・軽度)として認定されるためには、以下が目安になりますのでご参考ください。
重度の意識障害(6時間継続)
- 意識障害の程度
頭部外傷後の意識障害(半昏睡〜昏睡で開眼・応答しない状態)
JCSが3〜2桁、GCSが12点以下
- 意識障害の継続期間
少なくとも6時間以上継続
- 高次脳機能障害が残る可能性
永続的な高次脳機能障害が残ることが多い
軽度の意識障害(1週間継続)
- 意識障害の程度
健忘症あるいは軽度の意識障害
JCSが1桁、GCSが13〜14点
- 意識障害の継続期間
少なくとも1週間以上継続
- 高次脳機能障害が残る可能性
高次脳機能障害を残すことがある
当初の意識障害がどの程度継続したかについては、診療録や看護記録で実際よりも短く記録されたとき、後々それを覆すのは容易なことではありません。
そこで、ご家族の立場から、受傷から6時間、1週間の意識障害の経過を詳細に観察し、その結果をメモ等に残しておくことをおすすめいたします。そうすることで、そのメモを主治医に提出し、意識障害の記載を依頼するという方法が可能となります。
もし、すでに実際より短い意識障害の所見が記載されているときは、入院期間中であれば、主治医も修正に応じてくれる可能性があります。
意識障害や外傷性健忘のエピソードを具体的に記載、説明することで、主治医の理解がより得られやすくなるでしょう。
② 頭部外傷を示す傷病名が、診断書に記載されていること
③ 傷病名が画像で確認できること
頭部外傷を示す傷病名には、下記の種類があります。
- 脳挫傷
- 急性硬膜下血腫
- びまん性軸索損傷
- びまん性脳損傷
- 外傷性脳室出血
- 外傷性クモ膜下出血
- 低酸素脳症
前述しているように、高次脳機能障害には様々な症状が現れます。これらの症状は、全て傷病名を出発点としており、症状を傷病名で説明する必要があります。
つまり、診断書に傷病名が記載されていることが必要になります。主治医から口頭で言われただけでは証拠にならないので、注意しましょう。
後遺障害の認定は、被害者との面接等ではなく提出書類で審査が行われるため、診断書に記載されていなければ意味がありません。診断書にきちんと傷病名が記載されているか、事前に主治医に確認をするようにしましょう。
また、これらの傷病がCT等の画像データで確認できることも要件の1つになるため、注意しましょう。
2-3. 3つの要件から想定される、高次脳機能障害認定の可能性
3つの要件を踏まえた上で想定される4つのパターンとそれぞれの高次脳機能障害の認定の可能性について、以下表にまとめてみましたのでご参考ください。
パターン | ①意識障害 | ②傷病名 | ③画像所見 |
---|---|---|---|
1 | ○ | ○ | ○ |
2 | ○ | ○ | ✕ |
3 | △ | ○ | ✕ |
4 | ✕ | ✕ | ✕ |
【パターン1】
→ ◎ 高次脳機能障害の立証に問題はありません。
【パターン2】
→ ○ なんとか立証にこぎ着けるかと思われます。
【パターン3】
→ △ 高次脳機能障害の立証は極めて困難です。
【パターン4】
→ ✕ 高次脳機能障害は非該当認定となります。
このように、高次脳機能障害を立証するには、脳や脳機能の障害の有無と、残存症状の程度や因果関係をそれぞれ立証しなければなりません。いずれにしても立証の壁は非常に高いです。
交通事故後に、少しでも異変を感じた場合は、病院にて診察を受ける、弁護士に相談する、この2点を直ちに行うことをおすすめいたします。
当事務所にご依頼頂いた際は、弁護士が責任を持って、相談、交渉、書面の確認等全てを行いますので、安心してお任せいただけたらと思います。交通事故後の日常生活の支障に対する補償を適切に受けられるよう、早期の相談をお待ちしております。